my proud story

proud story代表 知夏七未です。proud storyプロジェクトにこめた想い、私なりの”素敵な自慢話”。

世界は私に救われたいのか①

proud storyは世界の困っている子たちを救うプログラムではありません。

世界を変えるビジネスにしようとも思っていません。

いや、変えたいけど、その“変える”は私がヒーローになることではありません。

じゃあ、何を目指すのか。最近改めて考えています。

 

 ・・と、ここからは“ですます調”抜きの本音言葉でどうぞ(笑)

 

 

昔、社会ビジネスの作り方の本を読んだり社会ビジネスコンテストに応募したりしていて、そういう場でほぼ必ず問われる質問。

問:

“あなたが変えたいと思う、世界の課題や問題はなんですか?あなたはそれをどのように変えたいですか?”

私の答え:

“私が問題だと思うのは、世界に課題や問題を探そうとする人が多いことです。私はそれを、誰かが世界を変えるという関係ではなく、皆が対等な関係になれるように変えたいです”

 

今読み返すと、完全にコンテストに喧嘩売ってるやん、明らかに主旨が違うんだからわざわざ応募しなくてよかったじゃんって感じだけど(笑)

でも、その後色々なことを掘り下げてブランド力と自尊心の話とかある程度の理由づけをしたことで私の意見はもう少し丸みを帯びたけれど、結局今でも私の気持ちを身もふたもない言葉で表すとこの答えになる。

 

 

10代の頃は私が世界を救いたい、変えたいと思っていた。とても無邪気にヒーローに憧れて、私がヒーローになることが世界にとって良いことだと信じていた。

でも、実際にいろんな国に行って色んな人と出会うようになって、世界のヒーローを目指す想いはすっかり影を潜めた。

私が世界を救いたい、変えたいと思っていたほど世界は私に救ってほしい、変えてほしいと思っていない。

色々な人と出会って、その地で彼らの生活を感じて、そう感じてきたから。

しかも他にも世界を変えようとしているヒーロー候補はたくさんいる。 

念のために言うと、命が危機にさらされているような環境とか私の知らないフィールドでは圧倒的な統率力を持ってものごとを断行できる人が求められているだろうし、そういう人たちを私はとても尊敬している。

でも、私がやっていることはそれとは違うし、私が圧倒的な権力やお金を持ったとしてもそれが今proud storyで繋がっている皆の幸せに結びつくところが想像できないので、だったらそこは目指さなくていいよねというそれだけ。

 

 

一番最初にフィリピンに行ったとき、初日のオリエンテーションでフィリピンの心を教わった。その時に何度も言われたのが“バハラナ”という言葉。

いわゆる“なんくるないさ”の意味で、実際にはバァ~ハァ~ラァ~ナァ~とどの文字もゆる~く伸びて、これを使われるともうどう神経を張っていても気が抜ける(笑)

そんなバハラナ精神を教えてくれたおじちゃんは今ドバイで建設の作業員をしている。灼熱のドバイでの肉体仕事はきついと思うけれどドバイどう?と聞いたら、“最高!超充実してるよ”みたいな返事が返ってきた。実際の生活はどんな感じかわからないけど、さすがだなと思った。

私には、ドバイに別の友達もいる。世界のビジネスを動かす側の人で、ドバイの街や有名な人工島を一望できる超高級アパートに使用人をつけて住んでいる。でも、色々な情勢に常に気を張っていて、基本いい人なんだけどよく私に愚痴を送ってくる。

 

この2人のどっちが幸せかって、誰が決められるんだろう。

俺の方が幸せだ、俺の方が恵まれた生活を送っている!と叫ぶ人を、バハラナおじさんは笑って受け流すだろう。

幸せなんて、しょせん環境ではなくてその人がどう感じるかがすべてだ。

フィリピンのバハラナ精神と同じ空気は、proud storyが繋がっている別の場所でも流れている。アフリカのパートナー国に至ってはフィリピンの数倍のんびりで出稼ぎに行く人も多くなく、なんかもはや皆慣れ親しんだ場所でただただふわっと暮らしている。

(ちなみにあの”ハクナマタタ”はウガンダのご近所で使われるスワヒリ語版のバハラナらしいよ)

 

世界には数え切れないほどの人やコミュニティーが存在して、その数だけ色々な価値観、幸せの定義がある。

proud storyが繋がっている世界では権力や影響力としてのパワーやお金はイコール幸せではなくて、

”そりゃああったらあった方がいいけどそのために朝から夜中まで働くくらいなら今の生活のほうがよっぽど幸せだから過労死とか何回聞いてもマジで日本人って何考えてるのか理解不能だしなんだかあわれ”

とか思ってる人たちがいて、そしてproud storyの目指すことはそんな人たちを救うことでも変えることでもなく、彼らを今よりちょっと幸せにして、日本の人たちにも世界のドキドキわくわくを感じて幸せになってもらって、お互いのいいところを知り合って尊敬しあってお友達になってもらうことなんだ。

 

だから、株式会社にはしたけれど、パワーやお金を追い求めたくはない。

正直、私もパワーやお金はイコール幸せだと思っていない・そこにどうも価値を感じられない人の一人だし、最低限生きていくお金以上のものはあったらあった方がいいけどそのために心踊らないことをするのはちょっとなぁ…って人だから。

だいたい、パワーやお金を手に入れたいと思う人はダンサーなんてやってないのよ(笑)それが欲しけりゃ安定した会社員辞めてないか、もしくは成功した時にダンサーよりよっぽど大きなパワーやお金を手に入れられる芸能界を目指すはず。でも私は今の私の生き方を選んで、そしてとてもハッピーに生きている。

NPOじゃなくて株式会社にしたのだって、一番の理由はいいことするより楽しいことしたい、だったら株式会社の方が規制が少なくて色々できそうということだった。

でも株式会社の価値はお金だ、その価値観は株式会社の経営者として失格だよと言われたら、そのときは株式会社経営者でいることを見直せばいい。大事なのはその枠組みにはまってきゅうくつになることじゃないし、皆を幸せにするだけじゃなくて私だって幸せになりたくて、私の幸せは心が踊る道を歩けるかで決まるから。

知ってる人は知ってると思うけど、結局私もproud storyが繋がっている皆と同じ、どうしようもなくバハラナ気質なのだよ(笑) 

 

 

大切なのは、ひとりひとりがそれぞれの、その人なりの幸せを追えること。

私がすることは、そのために何ができるか考えることだ。

というわけで自分の中での整理もかねて、このシリーズは続きます。

 

 

 

なんだか熱く語りすぎたので、顔からはみ出しまくりの私のサングラスで熱対策ばっちりなこちらの写真をどうぞ。

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”ジェバレコニャボ~” 

*ウガンダのルガンダ語のあいさつで仕事どう?とかお疲れちゃ~んって意味。

道を歩いているとこう声をかけられ、相手にも返す(男性にはジェバレコセボ)のがマナーなんだけど、そのほとんどは散歩してる私と木陰でぼーっと涼んでるおじちゃんおばちゃんのやりとりなので正直何が仕事で何がお疲れなのかわからない(笑)

 

 

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